「相聞」等の抒情詩を作り

「はあ、いや、あの話でございますか。モンクレール ダウン人情と云うものは、実に妙なものでございます。御一同の忠義に感じると、町人百姓までそう云う真似がして見たくなるのでございましょう。これで、どのくらいじだらくな上下(じょうげ)の風俗が、改まるかわかりません。やれ浄瑠璃(じょうるり)の、やれ歌舞伎のと、見たくもないものばかり流行(はや)っている時でございますから、丁度よろしゅうございます。」
 会話の進行は、また内蔵助にとって、面白くない方向へ進むらしい。そこで、彼は、わざと重々しい調子で、卑下(ひげ)の辞を述べながら、巧(たくみ)にその方向を転換しようとした。
「手前たちの忠義をお褒(ほ)め下さるのは難有(ありがた)いが、手前一人(ひとり)の量見では、お恥しい方が先に立ちます。」
 こう云って、一座を眺めながら、
はその時に「越し人」「相聞」等の抒情詩を作り、深入りしない前に脱却した。)僕は勿論死にたくない。しかし生きてゐるのも苦痛である。他人は父母妻子もあるのに自殺する阿呆を笑ふかも知れない。が、僕は一人ならば或は自殺しないであらう。僕は養家に人となり、我儘らしい我儘を言つたことはなかつた。(と云ふよりも寧ろ言ひ得なかつたのである。僕はこの養父母に対する「孝行に似たもの」も後悔してゐる。しかしこれも僕にとつてはどうすることも出来なかつたのである。)今僕が自殺するのは一生に一度の我儘かも知れない。僕もあらゆる青年のやうにいろいろの夢を見たことがあつた。けれども今になつて見ると、畢竟気違ひの子だつたのであらう。僕は現在は僕自身には勿論、あらゆるものに嫌悪を感じてゐる。
 その内に僕も作句をはじめた。すると或時歳時記の中に「死病得て爪美しき火桶かな」と云う蛇笏の句を発見した。この句は蛇笏に対する評価を一変する力を具えていた。僕は「ホトトギス」の雑詠に出る蛇笏の名前に注意し出した。勿論その句境も剽窃した。「癆咳の頬美しや冬帽子」「惣嫁指の白きも葱に似たりけり」――僕は蛇笏の影響のもとにそう云う句なども製造した。
 当時又可笑しかったことには赤木と俳談を闘わせた次手に、うっかり蛇笏を賞讃したら、赤木は透(す)かさず「君と雖(いえど)も畢(つい)に蛇笏を認めたかね」と大いに僕を冷笑した。僕は「常談云っちゃいけない。僕をして過たしめたものは実は君の諳誦なんだからな」とやっと冷笑を投げ返した。と云うのは蛇笏を褒めた時に、博覧強記なる赤木桁平もどう云う頭の狂いだったか、「芋の露連山影を正うす」と云う句をモンクレール ダウン「連山影を斉うす」と間違えて僕に聞かせたからである。
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by raybansunglasses1 | 2012-09-26 09:53
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