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なかったなら、そうして、その影法師

「さようでございます。手前も二度と、モンクレール ダウン春に逢おうなどとは、夢にも存じませんでした。」
「我々は、よくよく運のよいものと見えますな。」
 二人は、満足そうに、眼で笑い合った。――もしこの時、良雄の後(うしろ)の障子に、影法師が一つ映らなかったなら、そうして、その影法師が、障子の引手(ひきて)へ手をかけると共に消えて、その代りに、早水藤左衛門の逞しい姿が、座敷の中へはいって来なかったなら、良雄はいつまでも、快い春の日の暖さを、その誇らかな満足の情と共に、味わう事が出来たのであろう。が、現実は、血色の良い藤左衛門の両頬に浮んでいる、ゆたかな微笑と共に、遠慮なく二人の間へはいって来た。が、彼等は、勿論それには気がつかない。
 その翌日、甚太夫は急に思い立って、喜三郎に蘭袋を迎えにやった。蘭袋はその日も酒気を帯びて、早速彼の病床を見舞った。「先生、永々の御介抱、甚太夫辱(かたじけな)く存じ申す。」――彼は蘭袋の顔を見ると、床(とこ)の上に起直(おきなお)って、苦しそうにこう云った。「が、身ども息のある内に、先生を御見かけ申し、何分願いたい一儀がござる。御聞き届け下さりょうか。」蘭袋は快く頷(うなず)いた。すると甚太夫は途切(とぎ)れ途切れに、彼が瀬沼兵衛をつけ狙(ねら)う敵打の仔細(しさい)を話し出した。彼の声はかすかであったが、言葉は長物語の間にも、さらに乱れる容子(ようす)がなかった。蘭袋は眉をひそめながら、熱心に耳を澄ませていた。が、やがて話が終ると、甚太夫はもう喘(あえ)ぎながら、「身ども今生(こんじょう)の思い出には、兵衛の容態(ようだい)が承(うけたまわ)りとうござる。兵衛はまだ存命でござるか。」と云った。喜三郎はすでに泣いていた。蘭袋もこの言葉を聞いた時には、涙が抑えられないようであった。しかし彼は膝を進ませると、病人の耳へ口をつけるようにして、「御安心めされい。兵衛殿の臨終は、今朝(こんちょう)寅(とら)の上刻(じょうこく)に、愚老確かに見届け申した。」と云った。甚太夫の顔には微笑が浮んだ。それと同時に窶(やつ)れた頬(ほお)へ、冷たく涙の痕(あと)が見えた。「兵衛――兵衛は冥加(みょうが)な奴でござる。」――甚太夫は口惜(くちお)しそうに呟(つぶや)いたまま、蘭袋に礼を云うつもりか、モンクレール ダウン床の上へ乱れた頭(かしら)を垂れた。そうしてついに空しくなった。……
# by raybansunglasses1 | 2012-09-25 09:56

言葉や表情に我々の意志の現

 最後に僕の工夫したのは家族たちに気づかれないやうに巧みに自殺することである。monclerダウンこれは数箇月準備した後、兎に角或自信に到達した。(それ等の細部に亘(わた)ることは僕に好意を持つてゐる人々の為に書くわけには行かない。尤(もつと)もここに書いたにしろ、法律上の自殺幇助罪(ほうじよざい)※(始め二重括弧、1-2-54)このくらゐ滑稽な罪名はない。若しこの法律を適用すれば、どの位犯罪人の数を殖(ふ)やすことであらう。薬局や銃砲店や剃刀屋(かみそりや)はたとひ「知らない」と言つたにもせよ、我々人間の言葉や表情に我々の意志の現れる限り、多少の嫌疑を受けなければならぬ。のみならず社会や法律はそれ等自身自殺幇助罪を構成してゐる。最後にこの犯罪人たちは大抵は如何にもの優しい心臓を持つてゐることであらう。※(終わり二重括弧、1-2-55)を構成しないことは確かである。)僕は冷やかにこの準備を終り、今は唯死と遊んでゐる。この先の僕の心もちは大抵マインレンデルの言葉に近いであらう。
死体は皆親指に針金のついた札をぶら下げてゐた。その又札は名前だの年齢だのを記してゐた。彼の友だちは腰をかがめ、器用にメスを動かしながら、或死体の顔の皮を剥(は)ぎはじめた。皮の下に広がつてゐるのは美しい黄いろの脂肪だつた。
 彼はその死体を眺めてゐた。それは彼には或短篇を、――王朝時代に背景を求めた或短篇を仕上げる為に必要だつたのに違ひなかつた。が、腐敗した杏(あんず)の匂に近い死体の臭気は不快だつた。彼の友だちは眉間(みけん)をひそめ、静かにメスを動かして行つた。
「この頃は死体も不足してね。」
 寛文(かんぶん)九年の秋、一行は落ちかかる雁(かり)と共に、始めて江戸の土を踏んだ。江戸は諸国の老若貴賤(ろうにゃくきせん)が集まっている所だけに、敵の手がかりを尋ねるのにも、何かと便宜が多そうであった。そこで彼等はまず神田の裏町(うらまち)に仮の宿を定めてから甚太夫(じんだゆう)は怪しい謡(うたい)を唱って合力(ごうりき)を請う浪人になり、求馬(もとめ)は小間物(こまもの)の箱を背負(せお)って町家(ちょうか)を廻る商人(あきゅうど)に化け、喜三郎(きさぶろう)は旗本(はたもと)能勢惣右衛門monclerダウン(のせそうえもん)へ年期切(ねんきぎ)りの草履取(ぞうりと)りにはいった。
# by raybansunglasses1 | 2012-09-24 09:48

すると自分の前の席に、髪の毛の長い学生が坐つてゐて

女の返事は羞(はづ)かしさうである。のみならず出したのも朝日ではない。二つとも箱の裏側に旭日旗(きよくじつき)を描いた三笠である。モンクレール ダウン保吉は思はず煙草から女の顔へ目を移した。同時に又女の鼻の下に長い猫の髭(ひげ)を想像した。
「朝日を、――こりや朝日ぢやない。」
「あら、ほんたうに。――どうもすみません。」
つて聴いてゐた。すると自分の前の席に、髪の毛の長い学生が坐つてゐて、その人の髪の毛が、時々自分のノオトの上を、掃くやうにさらさら通りすぎた。自分は相手が名前も知らない人の事だから、どう云ふ了見で、あんな長髪を蓄へてゐるのだか、つい今日に至るまで問ひ質(ただ)す機会を失つてしまつたが、兎に角それが彼自身の美的要求には合してゐても、他人の実際的要求と矛盾し得る事を発見したのは、正にこの言語学の講義を聞いてゐた時間である。しかし幸(さいはひ)、その講義を聴かうと云ふ、自分の実際的要求がそれ程痛切でなかつたから、髪の毛が邪魔になつた所だけは、ノオトをとらずに捨てて置いた。その中には邪魔にならない所でも、ノオトの代りに画を描く事にした。処が向うに坐つてゐる、何とか云ふ恐しくハイカラな学生の横顔を、半分がた描いた処で運悪く鐘が鳴つた。講義の終を知らせると同時に、午(ひる)になつた事を知らせる鐘である。
「子(し)胡(な)んぞ此に在るか? 此れ豈(あに)久しく留る可(べ)けんや。速(すみやか)に我に従つて出でよ。」
 周は驚いてかう言つた。が、賈は更に桶中(とうちう)の物の何であるかを尋ねて見た。
「鴉片煙膏(えんかう)なり。」
 鴉片はまだ乾隆の末には今日のやうに流行しなかつた。モンクレール ダウン従つて賈も亦鴉片とは何ものであるかを知らなかつた。
# by raybansunglasses1 | 2012-09-22 09:49

へはいると、平然として「往復を一つ」と云

 十一月の或晴れた朝である。モンクレール ダウン久しぶりに窮屈な制服を着て、学校へ行つたら、正門前でやはり制服を着た成瀬に遇(あ)つた。こつちで「やあ」と云ふと、向うでも「やあ」と云つた。一しよに角帽を並べて、法文科の古い煉瓦造(れんぐわづくり)の中へはいつたら、玄関の掲示場の前に、又和服の松岡がゐた。我々はもう一度「やあ」と云つた。
 立ちながら三人で、近々出さうとしてゐる同人雑誌『新思潮』の話をした。それから松岡がこの間、珍しく学校へ出て来て、西洋哲学史か何かの教室へはいつたが、何時(いつ)まで待つても、先生は勿論学生も来る容子(ようす)がない。妙だと思つて、外へ出て小使に尋(き)いて見たら、休日だつたと云ふ話をした。彼は電車へ乗る心算(つもり)で、十銭持つて歩きながら、途中で気が変つて、煙草屋へはいると、平然として「往復を一つ」と云つた人間だからこんな事は家常茶飯である。その中(うち)に、傴僂(せむし)のやうな小使が朝の時間を知らせる鐘を振つて、大急ぎで玄関を通りすぎた。
 朝の時間はもう故人になつたロオレンス先生のマクベスの講義である。松岡と分れて、成瀬と二階の教室へ行くと、もう大ぜい学生が集つて、ノオトを読み合せたり、むだ話をしたりしてゐた。我々も隅の方の机に就いて、新思潮へ書かうとしてゐる我々の小説の話をした。我々の頭の上の壁には、禁煙と云ふ札が貼つてあつた。が、我々は話しながら、ポケツトから敷島を出して吸ひ始めた。勿論我々の外の学生も、平気で煙草をふかしてゐた。すると急にロオレンス先生が、鞄をかかへて、はいつて来た。自分は敷島を一本完全に吸つてしまつて、殻も窓からすてた後だつたから、更に恐れる所なく、ノオトを開いた。しかし成瀬はまだ煙草を啣(くは)へてゐたから、すぐにそれを下へ捨てると、慌(あわ)てて靴で踏み消した。幸(さいはひ)、モンクレール ダウンロオレンス先生は我々の机の間から立昇る、縷々(るる)とした一条の煙に気がつかなかつた。だから出席簿をつけてしまふと、早速毎時(いつ)もの通り講義にとりかかつた。
# by raybansunglasses1 | 2012-09-21 09:40

砂上遅日

うつゝなきまひるのうみは砂のむた雲母(きらゝ)モンクレール ダウンのごとくまばゆくもあるか

八百日ゆく遠の渚は銀泥(ぎんでい)の水ぬるませて日にかゞやくも

きらゝかにこゝだ身動(みぢろ)ぐいさゝ波砂に消(け)なむとするいさゝ波

いさゝ波生(あ)れも出でねと高天(たかあめ)ゆ光はちゞにふれり光は

光輪(くわうりん)は空にきはなしその空の下につどへる蜑(あま)少女はも

むらがれる海女(あま)らことごと恥なしと空はもだしてかゞやけるかも

うつそみの女人眠るとまかゞよふ巨海(こかい)は息をひそむらむかも

荘厳(しやうごん)の光の下にまどろめる女人の乳こそくろみたりしか

いさゝ波かゞよふきはみはろばろと弘法麦の葉は照りゆらぎ

きらゝ雲むかぶすきはみはろばろと弘法麦の葉は照りゆらぎ

雲の影おつるすなはちふかぶかと弘法麦は青みふすかも

雲の影さかるすなはちはろばろと弘法麦の葉は照りゆらぎhttp://www.e-monkureru.com/
# by raybansunglasses1 | 2012-09-20 09:44